二十九歳…。
きっとその頃には、優しいお嫁さんがいて…。
いや、きっとその頃には、まだ結婚はしていなくても素敵な恋人がいて…。
いやいや、軍での階級も上がって偉くなって、仕事に追われた日々を送っていて…。
子供の頃や若い頃には、いろいろ将来を空想するもので、様々な未来を夢見たものだ。
でも、実際になってみると、それは少し夢と違っていて…、
いや、さらに人生とは複雑なものだと思う。
適当な相手がいれば、その時、考える。
今は、目の前の仕事をこなし少しでも上を目指して…そう、たまに息抜きに楽しめる女がいればいい。
そんな風に思っていたのに…思っていたのに…、
一体何が悲しくて、いきなり父親になんかならなきゃいけないんだ?!
Act. 2
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『ジー…、』
その日、彼、ロイ・マスタングは執務室で痛いほどの視線を浴びていた。
といっても、いつものように、彼の副官、リザ・ホークアイに仕事を監視されているわけではない。
それは小さな来訪者だった…。
「………、」
いつもなら、書類の上をさらさらと走っているはずのペンも今日はどうにも進まない。
「……くそっ…仕事にならん! 」
思わずロイはその書類をくしゃくしゃに丸めてしまいたくなった。
しかし、
「何が仕事にならないのですか? 」
「ちゅ…中尉…、」
その姿を見た瞬間にロイの顔はどんどんと青ざめていった。
それもそうだ。そこに立っていたのは、彼の副官―リザ・ホークアイ。
片手に、カップの乗ったトレーを持ち、もう片方には拳銃を携えている。もちろん、ロイに狙いを定めているのだからたまったものじゃぁない…。
「はぁ…、おっさん…無能だな…、」
やれやれといった様子で溜息交じりに言ったのは、先程からロイを見つめている人形…いや、少女―エドワードだ。
エドワードはロイのデスクの正面にあるソファーに、まるでビスクドールが飾ってある様に、その身に纏った深紅のドレスをふわりと広げて座っている。
裾からは何重にも重ねられた豪華なレースのペチコートとエナメルの靴が顔を覗かせている。
しかし、彼女を人形と思わせるのは服装のせいではない。
アーモンド形の目に宝石が埋め込まれているように輝く金色の瞳、ちょんと可愛らしい鼻に苺のような唇…その精巧に作られたような容姿のせいだ。
「お…おっさん…、」
ロイは再び自分に向けられた【おっさん】という単語に顔を引き攣らせた。
横ではホークアイが必死に噴出しそうになっているのを堪えている。
その他の者も、彼女の見た目とその口から飛び出した言葉、さらにロイの反応が可笑しくて肩を震わせている。
さすがのロイも苛々を隠せなくなってきた。ついには、デスクを思い切り叩いていた。
―バンッ!
その音に、一瞬、ビクリと肩を揺らしたエドワードだったが直ぐに、何も無かったかのように、ロイを見つめ返した。
「君…、いったいどういうつもりなんだ?! 」
「…どういうつもりって…、アンタが俺の親として価値があるか見極めてるだけだ。」
「見極める…? 」
「キングのおっさんは、アンタが優れた軍人で錬金術師だから学ぶべきことが沢山あると言っていた。」
「………査定のつもりかね? 」
「…まぁ、そんなところ。」
なんと可愛くない…ロイは、顔を再び引き攣らせた。
(十歳…十歳だぞ!? なんだ、この古憎たらしさは! だいたい、こっちが断りたいくらいなのに! )
そんなやり取りに、ハボックは何か思うところがあるのか、二人には聞こえない声でホークアイに、
「中尉…、」
「…何? ハボック少尉。」
「いったい何だと思います? あれ…、」
「…変わったコミュニケーションね。」
「なんていうか、親子っていうより、夫婦漫才見てるみたいで…、」
「……夫婦はともかく、意外と気が合うかもしれないわね。」
ハボックはフゥと煙草の煙をはきだした。
気が合うも何も…あの歳の差で、親子にしては歳が少し近いような…異性としてみるには歳が遠いような…。
(なんで、わざわざ大佐なんて選んだのか…、)
「大佐に子育てができるとは思えないんすよね。大総統も、なんで大佐なんかにあの子を預けようとしたのか…勉強をさせたいと言ったって…、」
どうせ預けるのなら、ごく普通の家庭でいいはずだ。どうしてもロイに錬金術などをならいたいのなら、それとは別に教えてもらえば十分なはずだ。
「そうかしら? 」
「え? 」
「人間以外と出来るかもしれないわ…。それに、今回、大佐を選んだのは大総統じゃなくて、あの子自身のような気がするの。」
「え…あの子が? まさか…、」
「先程から様子を見ててもわかるけれど、あの子…かなり頭のキレが良いわ。知識もね。それに…、」
「それに? 」
― 何かをもくろんでいるような気がするのは気のせい?
ホークアイの感が当たっているのか、いないのかは、定かではなかったが…、
次の日から、エドワードは無事、ロイの養子となったのだった。