poisoned doll【act.04】
彼女と取りあえず始めた同居生活は、ルールを予め決めた簡潔な内容だった。
朝は摂らない主義だったが、子どもの発育と情操教育の為にも
一緒に食卓に着く時間を、一日に一回は必要とする!という本を読んでそれを朝と決めたのだ。
「私は仕事で遅くなる場合があるからね。君は通いの家政婦が作ってくれたものを夕食に食べてくれ」
言いながら、ロイは慌しく軍服に着替えながら珈琲を一気に飲み干す。
そんな大人の男を見ながら、少女は甲斐甲斐しく軍服に装着する小物を手渡したりしていた。
「んなものいらねー。腹が減ったら適当に自分で作るし、買って食うからさ」
「それはダメだよ。君は甘いものが好きだろう?バランスの良い食事を摂らないと成長に係わるんだぞ」
妙に諭すように言われたその台詞に、少女はむっとしたが
はいはいと言っておざなりな返事をしたのだった。
「あんた、結構口煩いんだな」
「それが気に入らないというなら君の養子の件は白紙になるが?」
ニヤリと笑って見せた男に、エドは益々不機嫌な顔になる。
ロイはそんな少女の反応に、クスクスと笑って
「君は解りやすくていい。それに言葉遣いのように態度は粗雑ではないからね。上手くやって行けるとは思わないか?」
「それは、同居人としての評価だろう?────はい!銀時計。忘れ物はないな」
「もちろんそうだが。ああ、養子としてというなら私は子どもを持ったことが無いし、今の所身を固める気はないからね」
「まぁ、俺はあんたに父親としての役なんて求めていないよ。取りあえず俺の後見人になってくれて、それで錬金術の勉強だけさせてくれたら良いんだから」
エドはややぶっきら棒に言うと、自分も仕度をし始めてちゃっかりとロイの横に張り付く。
「何だね。今日は一緒に司令部へ行くのかい?」
「ああ、資料室に良い文献を見つけたんだ。あれ、読みたいしレポートも書きたいものがあるからね」
少女はクールにそう告げると、テキパキと男の為に用意した鞄を差し出した。
「?何だねこれは………」
「弁当だよ!俺が作ったんだ。司令部の飯不味いからな。あんた朝も食べないし昼もあんな食堂の食事じゃろくに摂ってないんだろう?」
「まぁ、そうだが…」
ロイは手渡された大きなバスケットを呆然と見詰める。
其処へ、部下の運転した車が門の前に止まった。
「おお!凄い大佐が俺の呼び出しも無しに玄関の前に居るなんて……俺、遅刻しましたっけ?」
金髪の部下は慌てて時計の時刻を確かめるが、それはいつも通りの時間帯だった。
すると、ロイは軽く肩を竦めて
「うちの若奥様は私の時間管理にも優秀でね。しっかりと時間までに準備をしてくれるんだよ」
冗談混じりでそう告げた台詞に、意外にも少女は真っ赤になってたじろいだ。
「なっ!何言ってんだよ。おっさん!あんたロリコンだったのかぁ!」
「ロリコンって……エド、冗談に決まっているだろう?」
やや呆れたように言った男の台詞に、エドはしゅっと頭から湯気が抜け出たように肩を落とした。
「何だ…………冗談か………」
「おっ!ちっこい大将。残念そうだな?」
ニヤニヤと笑って屈む男に、エドはむっとしてその顎にアッパーをお見舞いした。
見事に決まったそれに、ハボックはひっくり返り
ロイは呆れたように額に手を当てた。
「やれやれ……やっぱり子どもだね。大人のジョークが解らないんだから」
小さく呟いた大人の男の台詞に、少女はプイッと頬を膨らませて
こっそりと唇を噛み締めて、先に車に向ったのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その日の司令部の仕事は平和で、ロイも順調に午前中に粗方の仕事を仕上げてしまった。
「素晴らしいね。こんな事一年に何回あるか……ああ、そろそろ昼だ。エドワードはまだ資料室に?」
「はい。先ほどお茶の差し入れをしましたので。真剣な様子で本を読んでいたから気が付いてないかもしれませんが」
金髪の副官は、優しい表情で笑ってその事を告げた。
「そう言えば、ハボック少尉が言ってましたよ?あの子が来てから大佐が真面目で夜も遊んでいないと」
「仕方ないだろう?通いの家政婦は7時には帰ってしまうからね。なるべく早く帰ってあげないと、あんな小さな子ども一人残せない」
「そうですか。まぁ、それはとても良い事だと思いますけど?規則正しく、朝もちゃんとされてから登庁されているようですし、
大佐の身支度が何時もより綺麗にされているので、誰かと同棲でもしているのかと噂になっていますわ」
「────あの子はね。只の天才児じゃないよ。うちの通いの家政婦も真っ青の、優秀さだ。私の軍服の手入れから生活管理までやってくれているんだ」
やや自慢げに告げた男の台詞に、副官の女性が呆れたように溜息をついた。
「大佐。それがあの子の本当の姿だと、そう思って接しておられるのですか?」
「?どういう意味だね」
「あの子どもは、優秀です。そして頭が良いだけ、人の空気や自分の立場等を瞬時に見分ける事が出来るんですよ」
「───つまり、君はあの子が私の養子になる為に、甲斐甲斐しく私の世話を買って出ていると?」
「でしょうね。小さいながらも精一杯やっているんだと思いますよ?その辺り、大佐のフォローが必要かと」
冷静に告げた副官のその台詞に、ロイは参ったとばかりに自分の椅子に背中を預けた。
「つまり、私はあの子の父親としては失格だと言うわけだな……」
「父親。と言う点では大佐はあの子の父親にはなれませんよ。代わり。もしくはそれに近い者にはなれますが」
「あの子は私に後見人としての保証が欲しいから、だから一緒に居るのだと言っていた。私を術師として尊敬はしてくれているらしいが」
やや寂しそうにそう告げた男に、金髪の部下は面白そうな表情で尋ねる。
「では、大佐はあの子の何になりたいのですか?」
「──────え?」
「今の大佐の台詞では、あの子の父親という位置に不満に思っているのだと解釈出来ますわ。
では、大佐はあの子の「何」であれば満足しておられるのですか?」
そう告げた副官に、ロイは固まったように目を見開いた。
其処へ──────
ノックも無しに、勢いよく金色の少女が飛び込んできた。
「ロイ!腹減ったぁ。弁当一緒に食おうぜ!」
ニコニコとして大きなバスケットを持ち込んだ少女に、ホークアイは優しく笑いかける。
「こんにちは、エドちゃん。それお弁当?貴女が作ったの?」
「うん!朝早く起きてね。生ハムとチーズのサンドイッチと、フルーツのサラダのセットなんだ♪リザさんも一緒に食う?」
「いいえ、嬉しいお誘いなんだけど私はまだ仕事が。大佐はもう済んだから、お天気も良いし一緒に中庭にでも行って来たらどうかしら?」
「え?良いのか?」
嬉しそうに目を輝かせた少女に、ロイは驚いた表情で副官の顔を見詰めた。
「良いのかね?」
「1時間だけでしたら、エドちゃんも大佐と2人で過ごしたいようですから」
妙に意味深に告げたその台詞に、ロイは引き攣った笑いで誤魔化して
そして、それを悟られないように小さな少女には大き過ぎるバスケットをひょいと持ち上げた。
「ロイ。俺が持つって!」
「エド。この場合はね。男性が荷物を持つものなんだよ?君も将来異性と付き合うことになったらさり気なく手渡すんだ」
諭すようにそう告げた男の言葉に、少女は少し沈んだ表情で俯く。
「俺……目的があっから、だから…今はそんな事考えられないよ」
「目的?私の養子に正式になる事が?」
ロイは少女の妙に大人っぽく見えるその横顔に、何故か自分の胸が高鳴っている事に気が付いた。
「それは、第一目的だし。最終的な俺の目標じゃないんだ。だから、もっと勉強してでもって俺も国家錬金術師になってひとり立ちしたいんだ」
はっきりとそう告げて、渡り廊下の向こうに見える白い雲を見詰めた少女に
ロイは自分がこの少女の目的の為の一つ目の階段に過ぎないのだと言う事実に
妙にうちひしがれている自分に気が付いたのだった。