あの子は、国家錬金術師になりたいのだと言った。
でも、そんな彼女に私は…
「なぁ、さっきの話だけど、本気なのか?」
ホークアイの勧めもあって、中庭でエドと昼食を共にすることになったロイは、その横に座る小さな少女を見下ろして言った。
「さっきの話って?」
彼女はバスケットから丁寧にサンドイッチを取り出し、男を見上げる。
「国家錬金術師になりたいって話だ。」
「あぁ、アレ。」
「本気か?」
「…本気だけど。それが?」
何か可笑しいことでも?…と少女は訝しげな顔をする。
「小さい頃からの夢だったんだ。俺の知ってる人にさ、国家錬金術師の人がいて…」
彼女の説明は以前にも、何処かで聞いたような話だった。
小さい頃に憧れの人がいて、それが国家錬金術師で…。
まるで初めて聞くような話と思えない。
それもそのはず、まさに自分が“ソレ”だ。
あまりよくは覚えていないが、自分にも幼い頃、立派な憧れの人というものがあって、大きくなったら絶対にその人のようになるのだと思っていた。
そして、その人の職業が国家錬金術師であり、物の読み書きが出来るようになった頃には、錬金術の本に手を伸ばしていた。
そこまでは、確かに彼女と同じ。
でも、そこからが違う。
だからこそ、ロイは先程の彼女の言葉に不満を感じた。
「それで、国家錬金術師になりたいのか?それが、君の最終目標?」
その何処か突っかかったような言い方が気に食わなかったのか、彼女はムッとした顔でロイを言い返した。
「あぁ、それが俺の最終目標だけど?」
彼女としては、折角丁寧?に動機を説明してやったのに、という気持ちがあったのかもしれない。
しかし、ロイはそんな彼女の心情を察するよりも先に、自分の抱く不満の方で頭が一杯だった。
だって、彼女は…。
「…だったら、国家錬金術師になったら、どうするんだ?」
「え…、」
まさか、そんな質問を投げ掛けられるとは思っていなかったのか、彼女は押し黙る。
それどころか、口篭ってしまい、上手く言葉に出せない自分に段々とその顔は赤面してゆく。
「えっと…その…」
「こんなことを言っては可哀相だと思うが、もう少し君は向上心を持った方がいい。国家錬金術師が最終目的というのは悪くはないが、その後の道を見失いかねないよ。」
安易にこのような少女に対して、向上心などという言葉を使うのは気が引けたが、それも彼女を思ってこそ。
確かに国家錬金術師になる、という夢は今そうである自分にとっても、喜ばしく歓迎すべきものだ。
けれど、それを最終目的にするのは宜しくない。
ある有名な学校があって、そこに入学することを最終目的としている、という話はよく聞く。
何事も一つの目標を持って取り組むのは良いことだと思う。
けれど、自分は問いたい。
“なら、そこに入学した後は?”
若い内に人生の最大目標を達成してしまった者の末路は虚しい。
まして、エドワードは誰もが認める才女だ。
だからこそ、そんな直ぐ目の前の夢で止まって欲しくないのだ。
彼女にはそう…ずっと夢を追い続けて欲しい。
もちろん、適わぬ夢を持てとは言わないが、それに近しい…一生を賭けられるような壮大な夢を追い続けて欲しいのだ。
この自分が何時からか、無謀にも大総統という地位を狙うようになった様に…。
「出来るなら、私の養女となったとしても、勉強はやめないことだ。君は才能があるのだから、もっと伸ばしてやるべきだよ。幸いなことに、セントラルには多くの錬金術師が通う研究所が五万とある。君の目指す国家錬金術師も数多く通っている場所だ。だから君も、たとえ私の養女となったとしても、私の元を離れて、そういう研究所に…」
だが、そう言いかけて、ロイは言葉を止めた。
ふと、そうなれば彼女が目の前から居なくなる、ということに寂しさを覚えたのだ。
今の今まで、あれほど子供の世話なんてウンザリだと思っていたのに、どうして…?
まさか、彼女を手放したくないとでも?
「…。」
視線の先には、芯の通った瞳を持つ彼女の姿があった。
その、何物にも濁されることのない、澄んだ眼差し。
それを見ただけでも、分かる。
彼女は才女だ。そして、それを更に伸ばしてやるのが自分の役目。
ロイは自分に言い聞かせた。
あくまでも、自分は彼女の保護者なのだ、と。
保護者ならば、自分の幸せよりも、彼女の幸せを思ってやって当然…。
だが、そんな時、先程のホークアイの言葉が脳裏を掠めた。
“では、大佐はあの子の何になりたいのですか?”
「…なんだよ、さっきから聞いてれば、偉そうに。」
「エド…?」
「人がさ、どういう夢を持とうが別にいいじゃん。それをさ…勝手に文句つけて…アンタさ、俺の一体何が分かるっていうのさ?」
「だから、私は君の…」
「養父?そんな養父なら願い下げだ。そんなアンタなら、一緒になんて…居たくない。」
すると、彼女は手荒くバスケットの中の物を出し、立ち上がった。
「ちょっと、エド!」
「一応、アンタのために作ったんだ。多かったら、他の人にもでも適当に振舞って。」
彼女はそう言いつつ、スカートに零れたパン屑をパタパタと払う。
まさか、帰る気なのか。
「おい、食べていかないのか?!」
「アンタの説教で十分に腹一杯だよ。それに、俺はこの後、アンタにとっちゃツマラナイ国家錬金術師になるっていう夢のために色々勉強しなくちゃいけないからさ。」
「別に、私はそういう意味で言ったんじゃ…」
しかし、そう弁明しようにも、彼女は全く聞く耳持たず。
プイッと大きなバスケットを持って、歩き出す。
一体、何がそんなに彼女の機嫌を損ねたというのか…。
すると、三メートルほど離れた所で、彼女はふと足を止め、振り返った。
その顔に浮かんでいたのは、怒りではなく、哀愁。
何故、何故…そんな顔をする?
だが、その問いに答えることなく、彼女は再び歩き出した。
その日、彼女は陽が暮れても、ロイの前に現れることは無かった。