「何を考えてるんだ、あの馬鹿娘は!」
その声は、その部屋のみならず、廊下にも響き渡った。
何事かと、通り掛かった兵達は立ち止まる。
そして、当の部屋の中では、うんざりした顔で部下達が声をあげた上司を見つめていた。
「…五月蝿いですよ、大佐。業務執行妨害です。」
そうサラリと言い退けたのは、ホークアイだ。
「ウチの娘が居なくなってしまったんだ!」
「大方、家出でもしたんでしょう?」
この義父ならありうる、とばかりに彼女は言う。
「別に私は何もしてないぞ。ほんのちょっとばかり、昼食を取りながら話をしただけだ。それは君も知っているだろう?」
「そういえば、そうですね。」
「楽しく昼食をしていたはずなのに、あの子は突然として怒り出し、そのままとんずら。夜には帰ってくるかと思ったのに、何処へ行ったのか、音沙汰なしだ。」
「どんな話をしたんです?」
「…確か、将来の夢についてだ。あの子が夢は国家錬金術師になることだというものだから…」
「…いうものだからって、何かそれに対して文句でも言ったんですか。」
まさか、いくら常識の無い彼と言えども、それはないだろう。
しかし、上司が大きく期待を裏切ってくれた。
彼はなんとも、納得の行かない顔で、まるで拗ねる子供のように言ったのだ。
「言ったさ。夢はもっと大きく持て、とな。だって中尉、考えてもみろ。もし国家錬金術師になってしまったらどうする?その時点で夢は達成。夢を無くした人間というのは悲惨なものさ。まるで家を無くした子供のように、路頭に迷う。」
「大佐…確かにそれは否定しませんけれども、相手は子供ですよ?まさか、それをお忘れじゃないでしょうね?」
「いや、その…私は彼女のためを思って…」
あぁ、こんな所に馬鹿が居た…そんな思いだった。
思わず、ホークアイは頭を抱えてしまう。
きっとこの人は、子育てと社交の区別がついていないんだ。
どうして大総統は、こんな男にあの子の貢献を頼んだのだろう?
こんな調子では、きっとこれから先もあの子は家出をするに違いない。
「大佐、きっとあの子はそう簡単に許してはくれませんよ。貴方は彼女に相当酷い仕打ちをしたんですから。」
「え、そうなのか…?」
「…とにかく、一刻も早くエドワードちゃんを見つけ出して、謝ってあげて下さい。
それが最善の策です。」
「しかし、何処に居るのか、私にはさっぱり…」
「大佐は保護者面をしておきながら、あの子が行きそうな場所も分からないんですか?」
「ぐっ…」
どうやらドンピチャと見えて、彼は言葉を詰まらせる。
もっと頭を働かせられないのか、この男は。
こんなことでは、このまま自分が彼についていっても良いのかさえ、不安を抱いてしまう。
だが、今更、乗り換えるのも…。
ホークアイの口からは深い落胆の溜息が洩れた。
…仕方ない、助言してやるか。
「エドワードちゃんは施設の出身ではありませんでしたっけ?なら、きっとまだ施設には彼女と共に育った仲間が居るんでしょうね?」
「施設か!」
言われてやっと思い出したらしく、彼はなるほどと手を打つ。
本当に情けない限りだ。
「それじゃあ、その施設の住所を調べてきましょうか。数箇所、心当たりがあります。私が調べている間、大佐は彼女が喜びそうな贈り物でも考えておいて下さい。」
きっと、その贈り物も自分が手配してやることになるだろうと思いながら、ホークアイは情報部へと出掛けていった。
「ほんと、ソイツってば、使えないの!」
その声は、楽しげな笑い声と共に辺りへと響き渡っていた。
場所は郊外。国家の管轄ではなく、あくまでも民間のボランティア団体によって運営されている孤児院。
元は貴族の邸宅という噂もあって、この施設の造りは孤児院としては十分過ぎるほど、豪華だった。
とくに施設の中央に位置する中庭は、季節ごとに様々な花が咲き乱れ、ちょっとした名所とされている。
その中庭で、今が満開の薔薇のアーチを横に、エドワードは同じ年頃の少年と共に談笑していた。
「それで姉さんは、ソイツにビンタしたの?」
「そうさ。だって胸くそ悪いじゃないか。俺は一発、おみまいしてやったよ。そのお陰で、その養子縁組は破談になったけどね。」
「いくら変わりがいるからってさ、姉さんは贅沢だなぁ。本来、養子縁組を結んでくれる人なんて、滅多にいないんだよ?やっぱり、まだ自分の名前も分からない赤ん坊の方が人気あるもの…」
「アル…」
俯く少年の頭を、エドワードは優しく抱いた。
つい何の考えもなしに、軽はずみな事を言ってしまったと後悔する。
「大丈夫だよ、アル。お前だって、すぐに新しい両親が迎えに来てくれるさ。なんなら、俺が探してやるよ。」
「そんな、姉さんに迷惑はかけられないよ。姉さんだって、大変なんだから…。今日だって、嫌な事があったから、此処に来たんだろう?」
「…。」
「だから、僕のことは気にしないで。姉さんは自分のことだけを考えてよ。僕だって男だ。自分のことくらい、自分で何とかするさ。」
「アル…」
そう言われても、やはり気掛かりなのは変わりない。
むしろ、不安は更に増したようにも感じる。
アルはもう今年で十三歳になる。
確かに自分よりは年下だけれど、それでも、その年齢になってしまったら、ぐっと養子縁組を結ぼうする者は少なくなる。
もし、引き取り手がこのまま現われなかったら…?
彼は十五歳の誕生日に路頭に放り出され、何の後ろ盾もないまま、生きていかなければならない。
加えて言うなら、十五なんていう年齢の子供を雇うなんていう心優しい雇い主はいないし、部屋を貸してやるという貸主もいない。
結果、その後、彼に訪れる未来は目に見えている。
どうにか、してやれないものだろうか…?
「エドワード!」
そう彼女が考え込んでいる時、その声は降ってきた。
キョロキョロと見回せば、小さく渡り廊下へと続くドアの所に見覚えのある男の姿が一つ。
「大佐…」
彼はドカドカと中庭の静粛な雰囲気も気に留めず、こちらへと向かってくると、一度エドワードを見下ろし、視線を反らした。
その表情はどことなく、バツが悪い、といった感じだ。
「こんな所で何をしてるんだ。今日は司令部の書庫を覗いてみるんじゃなかったのか。」
「そのつもりだったけど…アンタが…」
あんな酷い事を言わなければ。
でも、きっと、この人は自分がどれほど酷い事を口にしたのか気付いてない。
それをまた、自分の方から指摘するのも、なんだか気が引けた。
だから、黙り込む。
このまま、適当にやり過ごせることを願って。
しかし…
「昨日のことは謝る。あまりにも軽率な発言をしてしまった。」
男から返って来たのは、意外な言葉だった。
「ホントに…?ホントにそう思ってくれるの?」
「誰しも、人の夢を貶すことは許されない。それがたとえ親であっても…」
なんとなく、フッと心の枷が外れたように思えて、胸を撫で下ろす。
だって、アンタにだけはあの夢を否定して欲しくはなかったから…。
「お詫びといってはなんだが、何か欲しい物をプレゼントさせてはくれないか。用意しておくつもりだったが、良い案が思い浮かばなくてね。」
「欲しいもの?」
「何でもいい。遠慮なく、言いなさい。」
その言葉に、エドワードはピタリと止まった。
つい先程までの感動など、今は何処へ吹っ飛んでしまった。
今、この男は何と言った?
欲しいものは何でも、と言わなかったか?
確かに言った。絶対言った。
なら…本当に、どんな事でもいいんだよね?
エドワードの口の端は自然と上がる。
「じゃあさ…このアルフォンスをアンタの養子に迎えてくんない?」
「「ええぇ?!」」
思わず、その突拍子もないお願い事にロイのみならず、アルフォンスも声をあげる。
「ちょっと、姉さん!何を言って…」
「そうだぞ、エドワード!どうして私が彼を養子になんか…」
「だって、何でも欲しいものは、って言ったじゃん。欲しいもの=お願いだから、俺の願いはアルの養子縁組ってわけ。道理は適ってるよ。」
「しかし!」
「アルはもう、今年で十三なんだ。この年になると、ほとんど里親になってくれる人は居ないし、俺も心配なんだよ。大丈夫だって、安心しろよ!アルは錬金術の才能もあるんだ。引き取って損は無いぜ?」
「そういう問題じゃないだろ!」
「そういう問題さ。俺とアルは血は繋がらないけど、本当の姉弟みたいに育ってきたんだ。今更、離れ離れになるなんてゴメンだね。なんなら、大総統に直接お願いしてやってもいいんだぜ?それでもし、アンタが断ってみろ。アンタの出世街道はたちまち崩壊だ。なんてたって、俺は大総統のお気に入りだから♪」
これほど、子供が恨めしいと思ったことはあっただろうか?
この怒りを何処へぶつければ良いのか、答えも見出せぬまま、ロイはしばらく途方に暮れたのだった。
まったく、何が可愛らしい人形だ!
小悪魔以外の何者でもないじゃないか!!